パースを始めたころから・・そして、ロゴ


建築パースという仕事をはじめて今年44年目になります。

23才のとき、建設会社の社長から絵を描いているなら、建築パースも描けるだろう。

と声をかけられ、はじめて聞く言葉に?でした。

以来、全くの独学で建築パースをはじめました。

もともと建築やインテリアに興味があり、絵なので何の抵抗もありませんでした。

図面を理解するのも時間はかかりませんでした。

様々な表現があるので仕事を受けながら一つ一つパースにしていたものです。

設計事務所社長から設計のお誘いも受けたり、外観デザインを何故か頼まれたり、

模型を頼まれたりという20代前半。

パースも本業ですが絵も本業です。

東京に住んでいましたが、自由美術展や東京国際美術展などで入選、受賞。

そのうち国際展へ目が向き、スペインやアメリカなどで入選するうち25才で油絵から

現代美術に移行。

27才でニューヨーク。3週間くらいでボストン、シカゴ、メンフィスなど各地域。

28才でニューヨーク生活をはじめました。当初1年間はコロンビア大学のドミトリー

に住み、カーネーギーホール上階の建築模型・パース・デザインの会社に席を置き

様々な仕事をさせてもらいました。

H1ビザ習得のための在籍でした。

一番最初の仕事は大好きなシーザー・ペリの建築模型。

丁度カーネギーホールの隣にカーネギーホールタワーの建設がはじまっていて、その

模型です。イタリア系アメリカ人のジョージが本格的模型のノウハウを教えてくれ

とても面白いものでした。

百種類くらいの模型パーツを西海岸から取り寄せ、それを加工していくという少し

気の遠くなるような作業でした。

今でこそレーザープリンターやレイザーカッターがありますが、そのころは全て手作業。

そして、建築模型のクォリティは日本のそれとははるかに優れていました。

これは随分以外なことでしたが、模型に携わる人はアメリカ人は少なく、ヨーロッパ系、

そして日本人がやはり適していました。


ところで、新しくはじめてできたロゴについて書こうと思ったのですが、話が当初から

外れました。

ニューヨークのことは話が尽きないのでまた続きを書きます。


今日はこのあたりで。






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